病院経理とサーバー管理をしていた事務部のあきこさん(仮名)は、事務部長のとなりで仕事をしていましたので、ほかの用事もすすんで担当していました。ですから、病院内スタッフの、特にパートで働く看護師の女性たちの、相談役になることもありました。
今は多くの業界で、スタッフが胸につける名札ごとがIDカードになっていて、中には顔写真入りでチップ内蔵型の、身分証明証として使うには充分なものもあります。今夜はまず、このIDカードの紛失や破損の場合の事例をふり返って、再発行の費用の負担のことを考えます。
そこそこの規模の総合病院でしたから、毎月のように何人かが定年退職の月をむかえたり、その人員の補充で新しく採用になったりするスタッフが、どこかの部署や科から出ました。病院を舞台としていますが、お読みになる方々は、みなさんの勤務なさっている事業所や業界にも当てはめて想像をして下さるとうれしいです。
新規採用になった職場で、職員証IDカードを交付される事業所が多いです。これは大事な個人情報のかたまりです。落し物にすると大変で、拾った人は警察へ届けねばなりませんし、まずは交付されたスタッフ本人が落とさないように扱わねばなりません。でも……人ですから、何かの拍子にものを落とすこともあれば、置き忘れてしまうことはあります。この場合にはどうしましょうか。
まず、手元にない、探してもないと気付いた場合、それが事業所の中なのか外なのかを思い出し、判定できなくても念のために事実を警察に速やかに届けましょう。職員証を身分証とみなしてビジネスのできる業界もありますので、自分を守るためです。
次に、紛失をしたことをすぐに担当部署(多くが総務課)に報告します。少し注意を受けるかもしれませんが、黙って隠してはいけません。自分だけではなく、事業所や会社の個人情報でもあるカードです。自分のことも勤務先のことも守りましょうね。こんな理由で解雇(クビ)にはなりませんよ。
また、手元にあって割れちゃったなどの破損の場合は、警察ではなく直接に担当部署へ報告しましょう。割れたカードは無効です。無効なままではスタッフ確認には不充分とみなされ、後日にクレームの発生や厳重注意へとつながることもあります。
あきこさんはなるべく、事務部長にお願いをして、事業所負担の経費での再発行ができるようにしていました。破損の場合は……です。紛失の場合は、かわいそうですが本人の不注意ですから、再発行の費用の約半分(3,000 円程度でした)を、本人から回収することを説明しました。IDカードって値段が高いでしょう?? これは業界や事業所により、カードの中に情報をインプットするからです。かざすと出入り口の鍵が開くものもあれば、パソコンから自動的にログインしたことがタイムカードになる仕組みのものなど、いろいろな役目をするカードだったからでした。カードを作って納品してくれる会社に、新しいカードの注文をすると同時に、紛失や破損の目にあったカードの登録情報を、あきこさんが抹消しました。新規情報登録の反対の抹消登録です。拾った人がどこでかざしても、何も開かないしログインもできないように、悪用やいたずらを阻止するためです。そして、新しい再発行カードが届くと、またパソコンから情報登録をして生きたカードにしておいて、スタッフに手渡しました。その間のカードのない数日間は、仮の名札をあきこさんがパソコンでつくって胸につけてもらっていました。多くの人に接する仕事です。病院の看護師さんも薬剤師さんも、カウンターの事務員さんも、送迎バスの運転手さんもです。
ほかの多くの業界でも、お客さんに接するに際して、スタッフのお顔と名前を覚えておいてもらうことは大事です。
『○○さんという人に案内してもらった……』
と、覚えてもらうことで、営業の業績とみなされる場合もあれば、クレームの出たようなときにも逆に、
『○○さんから渡された商品の中が、注文のとは色が違っていて……』
といった場合にも、両方の立場を守るためには、人物を特定した上で、会社が両方を守ってクレームを吸い取ることができます。上手なおわびの方法にも反映されます。
こんなに大事なカードの再発行の、少し高い金額の負担を、スタッフと勤務先のどちらがするべきなのかを、最後に整理してみましょう。
率直に言うと会社の方針です。
紛失であれ、仕事中の破損であれ、スタッフ本人が弁償というかたちで負担しましょうと決まっている会社もあれば、どちらの理由にせよ会社の経費で再発行しますが、始末書を提出しなさいという決まりのある会社もあります。
よしよしつくってあげましょう……は基本的にありません。
あきこさんの勤務先の総合病院は、あきこさんが赴任するまでは、理由を問わずに自己負担でした。でも、現場の看護や介護、薬品の取扱いなどが理由で、カードが何かに挟まって割れたり、写真の表面が溶けちゃったりと、スタッフ本人だけに責任を負わせることに、疑問を感じたあきこさんが、その都度に事務部長にお願いをして、経費でできると許可のでた場合には、あくまでも破損の場合だけですが、経費で再発行をして、始末書もいらないようにしました。そして紛失の場合は、始末書ではなく紛失届という様式をあきこさんがつくり、正直で速やかな紛失の報告をしやすいようにと、変えていったのです。
紛失は、費用を自己負担で……ここまでは許可がでませんでしたけれど……。